2011年5月31日火曜日

第36回アメリカがん看護学会:その1

だいぶ遅くなったけど、ボストンで開かれたアメリカがん看護学会について書いて行こうと思います。ある看護雑誌に学会の様子を報告させていただく予定なので、このブログでは記事に書けない私個人のことや裏話を書いていこうと思います。

まず、今年も学会でたくさんの方にお世話になりました。
もこちゃんとSatさんと年次総会参加旅行を企画して運営し始めて、今年で2年目。二人にはとってもお世話になりました。計画を練り始めたのが、去年の10月頃。東海岸と西海岸と離れて住んでいることもあって、アメリカ国内といえど時差がある中、メールで中心に、時には電話で話し合って、3人で案を出し合っていきました。1人ではできないことで、3人で協力したからこそ実現できたことかと思います。

そして、日本から参加して下さった10名のがん看護師の方々には、多くの刺激をいただき、私の学びが何倍にも膨れ上がりました。日本のがん看護界の第一人者の方々に一度に、しかもアメリカでお会いできる機会に恵まれました。ご参加いただき、ほんとうにありがとうございました。
参加者の中のお一人、ぶんさん(アメリカでNP目指して日本で準備中)がブログに学会での様子をアップしてくれています。その1  その2 

それから、ボストン到着から出発までの10日間にわたり、Kumikoさんには感謝し切れないほどお世話になりました。久美子さんと会ったのは、実は今回でまだ2回目。それなのに、初回からお家に泊めていただいたり、至れり尽くせりのおもてなしをしていただきました。
初めての出会いについてはこちら
ボストン滞在中のことはこちらに載っています。

ボストンに行く4日前に、私たちの旅行にもご参加下さった、日本のがん看護の第一人者のお一人が、私のいる町に来られました。アメリカに到着予定日の天気予報は雷雨。ニューヨーク観光も車の中からしかできないと前日の夜まで思っていたのに、なんと朝起きたら快晴!二人とも晴れ女だったようです。

無事にJFKに到着されてNYC観光へ。ブルックリンから見たマンハッタンの景色。私がNYCで好きな場所の一つです。



その後も止め処もなくお話が続き、、日本のがん看護のこといろいろ教えていただきました。拙宅に到着後もお話が続き、、時差ぼけの中、私質問攻めにしてしまいました。

次の日は、大学のキャンパスツアーなどをさせていただきました。

そしてその翌日には、大学で私の先生たちに会っていただきました。先生たちは、学内のヘンダーソンルームというところを取ってくれました。ヘンダーソンとは、『看護の基本となるもの』 を書いたあのヴァージニア・ヘンダーソン。生前はうちの大学の教授だったということで、彼女の名前にちなんだ部屋があるんです。この部屋の存在は知っていたのだけれど、先生たちから、ヘンダーソンが使っていた家具などが飾ってある部屋があると聞いてびっくり。2年もこの大学にいて、知らなかった。

学内の人だけが入れるよう、入室はID管理されていました。中はこんな感じ。


ヘンダーソンのガウンと一緒に記念撮影。




その後大学病院のがんセンターに移動して、緩和専門のNPに会っていただきました。このNPは去年一緒に卒業したクラスメイトA。久しぶりの再会に感激し、そして1年ですっかり自立しているAの姿を見て、たくさんのエネルギーをもらいました。Aと3人で日米緩和ケア談議で盛り上がり、Aは予定よりも長く時間を取ってくれて、患者さんの診察のギリギリまでお付き合いしてくれました。

翌日はいよいよボストンへ移動です。

2011年5月30日月曜日

ONS Oncology Clinical Trial Nurse Competencies

ONS(アメリカがん看護学会)から、Clinical Trial Nurseコンピテンシーが出ました。

いつもClinical Trial Nurseのいい訳がみつからなくて困っているのだけれど、強いて言うと、治験コーディネーターナース、それか臨床試験コーディネーターナースかな?

http://www.ons.org/media/ons/docs/publications/ctncompetencies.pdf

2011年5月27日金曜日

やっぱりがん看護は楽しい

がんNP実習が始まって2週間が経過。

この一言に尽きます。

楽しい~~~:)

プライマリケアも楽しかったけど、寒ければ風邪だの上気道炎、雪かきしすぎれば腰痛だの肩を痛めて受診してきたり、正直つまらなかった。。。もちろんプライマリケアは不可欠な分野。

だけどがん看護はもっと楽しい!!

患者さんの生活を垣間見たり、がん告知やバッドニュースを伝える時に時には一緒に涙を流したり、時には家族の一員かのようになったり。

抗がん剤などの副作用対策を一緒に考えて、乗り切った後には患者さんの満面の笑みが見れたり。
痛くて眠れなかったのに、おかげで昨日は久しぶりに良く眠れた、なんて言って来てくれたり。

NPはCNSよりももっと自律して患者さんに関われる。医学知識も駆使しながら、直接的ケアをするという面ではね。

CNSとNPの役割は違っていて、どちらが優れているか、どちらが必要かの議論は必要なくて、

患者さんケアには、CNSもNPもどちらも必要です!!!

卒業したら、どちらも併せ持った役割を果たしたい。
贅沢だけど、やってみたい。
欲張りだけど、必要だと思うから。

2011年5月20日金曜日

がん看護NP実習開始

ついに始まりました、がん看護NP実習が!


通常は夏休み中には実習ができないけど、アドバイザーTと前から相談していたように、特例で実習をさせてもらっている。2008年9月に留学を始めて、もうすぐ3年になる。たくわえもどんどん減ってきていて、なるべく早めに卒業できるようにとTが協力してくれたのだ。

ただし、①プリセプターがみつかったら、②元プリセプターV(=学内実習カンファレンスのコーディネーター)の夏の間の都合がつけばという条件付きだった。

②は問題なく即クリアし、残りは①だったが、こちらもTが探し始めてくれてから2週間ほどでみつかった。

でもプリセプターMの名前を聞いて愕然とした。去年一緒に卒業した超頭が切れるクラスメートKの元プリセプターで、KはいつもMに憤慨していたのだ。B○○○Hとまで言っていた。その前についた学生もMと問題があったとうわさで聞いていた。

Tに即相談。クラスメートKから散々うわさを聞いていて、Mとうまくいくか心配であると伝えた。こんなやりとりを実は先日のボストン滞在中にしていた。

Tからは、「決して容易にはいかないと思うけれど、Mは経験豊富で、最高のプリセプター。だから、あえてMを選んだ」と。

先生と生徒からの評価は違うことが多いじゃない。まだ心配で、Mと同じがんセンターで働いている元クラスメートAに、たまたま会った時に相談。Mの名前を言った一瞬、Aの顔が引きつった。「KとMはうまが合わなかっただけだと思う。私とは何も問題ないわ。Mはものすごくいろんなことを知っている人よ。簡単にはいかないけど、Mからたくさん学べるわよ」と。

どうも厳しい人だということはよ~~~くわかった。今ではメンターともなっている元プリセプターVにも相談。Vの顔も一瞬引きつる。「学生指導があまり好きな人でないと聞いているわ。だけどすごく知識が豊富な人。何とか切り抜けられるように協力するから、頑張ってみたら。何かあったらすぐ電話かけてきていいから」と。

もう一度Tに相談。やはり同じこと言われた。万能な人なんていないものね。知識豊富なら、たくさん勉強させてもらおうと意を決した。どんな怖い顔しているんだろう、ぜんぜん笑わない人なのかな。いろんな想像をしていた。

Vには、「実習初日に、Mの要求度は高いだろうから、学期末までにココ(私)がどこまで成長してほしいと思っているのか確認するといい」とアドバイスをもらった。

ついに今週実習開始となりMと対面。予想に反して、満面の笑みで迎えてくれた。ふ~~~。オリエンテーションなども私の理想とする方法でしてくれたり。な~~んだ。Vからのアドバイスも効果があったみたい。

頭が相当切れる人だということと、何十人もいるNPの統括者をしていたり、フェロードクターのフォロー&指導もしている人なので、超多忙なことはよくわかった。

Tが言っていたことは間違いでないかも。Tは先見の明があるのか、Vが学生だった時に彼女が全く関心のなかった放射線治療部に実習に行かせたら、予想に反してVははまり今に至っている。Mをプリセプターに指名したのも、私にとって有益だと考えてくれてのことならいいんだけど。

Mとは頭頚部がんと肺がん外来で患者さんの診療にあたり始めた。がんの中でも特に好きながん種だ。ナースとして介入できることがたくさんあるしね。

前学期のプライマリーケア実習も楽しかったけど、やっぱりがん看護は最高!Mともうまくやれそうだけど、Vとの時のようにこれからビシバシ鍛えられるだろう。Vとの辛かった思い出はこちら。懐かしい。
http://blog.goo.ne.jp/nurseiko/e/e1c48cb23692dc7bcad4cf87c5765ad0
http://blog.goo.ne.jp/nurseiko/e/f228b073161302ec9b843eca6a115478

こんなに多くの人に支えられてきているのかと思うと、Mからの厳しい指導も乗り越えられる気がする。

留学生活をうまく送る上での教訓:少しでも心配なことは、周りの人に相談して助けを求めること。

2011年5月17日火曜日

いまさらTOEFL

ボストンでの様子などを書こうと思っていたのだけれど、ここ1週間ほどあることの交渉に追われていた。

ボストンで出会ったあるがんセンターのNPから、実習のオファーをもらったのだ。片道約3時間の道のりを毎週通うのが大変であることなどを話したら、特例として週3日×5週間の実習に凝縮することでどうかと提案までしてくれたのだ。通常週1回×15週間こなさなければならないけど、こんな申し出をしてくれてうれしい限りだった。

しかもアメリカではもちろんのこと、世界でも有名ながんセンターである。こんなうれしいオファーをもらえることはそうない、たぶん。

ボストンから戻って、早速アドバイザーTに相談した。変則的なスケジュールだけど、こんな幸運はないからと即OKしてくれた。Tはすぐに このNPと実習の調整などを担当しているCNSに連絡してくれた。

私はこのがんセンターがある州のボード(厚生労働省の看護免許担当課みたいなところ)に連絡して、RNライセンスを移す手続きを調べた。そしたら、なんといまさらながらTOEFLがいることが判明した。基礎看護教育を英語で受けていない人は、この州ではTOEFLが必要らしい。

私は日本にいた2006年に受けたTOEFLが最終のもので、 CGFNSのCP試験のためのものだった。
その後CGFNSのCP試験にも合格して、2007年にCGFNSのCertificationを発行してもらっている。そして現在も有効だ。TOEFLのスコア自体は2年後の2008年に無効になっているけれど、このCertificationを持っているということは、必要なTOEFLのスコアを持っていたことの証明になる。

とボードに交渉した。だけど、

「1998年より前に発行されたCGFNS Certificationだけが有効」だと。
なぜに1998年より前なのだ?意味不明!!

これでもまだくじけず、再度交渉!!

Tもこんなわけのわからない不条理なことはない。交渉交渉!!と押してくれた。

確かに基礎看護教育は日本で受けたけど、アメリカの修士課程を卒業して、そしてAOCNSと認定されている。CT州ではAPRN(高度実践看護師)としてライセンスが発行されていると主張した。

「決まりは決まりだから、受け入れられない」と。
ほんとうに意味不明。わけわからない。もうボードと話をするのも嫌。

コネチカット州でもペンシルベニア州でもRNライセンスを持っているけどと主張したけど、でも例外はないと言われた。

Tには、「One of those hoops in life you must jump through」とも言われた。そうなのよね、正しいことが必ずしも世の中で受け入れられているとは限らないものね。Tと相談して、結局は観念してTOEFLを受けることに決めた。Tいわく、TOEFLを受ける苦労をしても、片道3時間の道のりでも、それでもそのがんセンターで実習をする価値があると。

TOEFLがiBTになってから、初めての受験になる。H1Bをアプライする時に必要になるビザスクリーンのために、今年の夏ぼちぼちTOEFLの勉強を始めようとちょうど思っていたのだ。

だけど9月までにその州でのRNライセンスが発行されるためには、6月下旬くらいには遅くとも受験しないといけない。

よっし、こうなったらビザスクリーンに必要なスコアまでクリアしてみせるぞ~~

ただTOEFLの勉強何したらいいんだろう?英語で何かを勉強するのは好きだけど、英語の勉強するの大嫌いなのよね。いい勉強方法あったら教えて下さい。

2011年5月6日金曜日

ボストンより戻る

ここ2週間ほどバタバタしてました。
今年のアメリカがん看護学会年次総会は、ボストンで開催され、日本からがん看護に携わる約20名の方が参加されました。

もこちゃんとSATさんと去年から始めた、日本のがん看護師の方向けのツアーも無事に終わりました。

その前にはCNSの大先輩が私の大学に来られ、先生たちや大学病院のNPと会っていただいたりしました。

学会後にはボストン、いや全米、世界中で有名なあるがんセンターで、日本のがんCNSの方の研修のお手伝いもさせていただきました。

ボストンでは友達の家に泊めていただいたり、その他にもお世話になりました。このような友達がいることは、海外ではさらに感慨深いものです。

忙しかった約2週間は、気づいたらあっという間に終わり、昨日夜遅くにこの街に戻ってきたところです。

明々後日に期末試験があるので、詳細は後日に。試験範囲1500ページ程を、これから何とか読破しなければ。