だいぶ遅くなったけど、ボストンで開かれたアメリカがん看護学会について書いて行こうと思います。ある看護雑誌に学会の様子を報告させていただく予定なので、このブログでは記事に書けない私個人のことや裏話を書いていこうと思います。
まず、今年も学会でたくさんの方にお世話になりました。
まず、今年も学会でたくさんの方にお世話になりました。
もこちゃんとSatさんと年次総会参加旅行を企画して運営し始めて、今年で2年目。二人にはとってもお世話になりました。計画を練り始めたのが、去年の10月頃。東海岸と西海岸と離れて住んでいることもあって、アメリカ国内といえど時差がある中、メールで中心に、時には電話で話し合って、3人で案を出し合っていきました。1人ではできないことで、3人で協力したからこそ実現できたことかと思います。
そして、日本から参加して下さった10名のがん看護師の方々には、多くの刺激をいただき、私の学びが何倍にも膨れ上がりました。日本のがん看護界の第一人者の方々に一度に、しかもアメリカでお会いできる機会に恵まれました。ご参加いただき、ほんとうにありがとうございました。
それから、ボストン到着から出発までの10日間にわたり、Kumikoさんには感謝し切れないほどお世話になりました。久美子さんと会ったのは、実は今回でまだ2回目。それなのに、初回からお家に泊めていただいたり、至れり尽くせりのおもてなしをしていただきました。
初めての出会いについてはこちら
ボストン滞在中のことはこちらに載っています。
ボストンに行く4日前に、私たちの旅行にもご参加下さった、日本のがん看護の第一人者のお一人が、私のいる町に来られました。アメリカに到着予定日の天気予報は雷雨。ニューヨーク観光も車の中からしかできないと前日の夜まで思っていたのに、なんと朝起きたら快晴!二人とも晴れ女だったようです。
ボストンに行く4日前に、私たちの旅行にもご参加下さった、日本のがん看護の第一人者のお一人が、私のいる町に来られました。アメリカに到着予定日の天気予報は雷雨。ニューヨーク観光も車の中からしかできないと前日の夜まで思っていたのに、なんと朝起きたら快晴!二人とも晴れ女だったようです。
その後も止め処もなくお話が続き、、日本のがん看護のこといろいろ教えていただきました。拙宅に到着後もお話が続き、、時差ぼけの中、私質問攻めにしてしまいました。
次の日は、大学のキャンパスツアーなどをさせていただきました。
そしてその翌日には、大学で私の先生たちに会っていただきました。先生たちは、学内のヘンダーソンルームというところを取ってくれました。ヘンダーソンとは、『看護の基本となるもの』 を書いたあのヴァージニア・ヘンダーソン。生前はうちの大学の教授だったということで、彼女の名前にちなんだ部屋があるんです。この部屋の存在は知っていたのだけれど、先生たちから、ヘンダーソンが使っていた家具などが飾ってある部屋があると聞いてびっくり。2年もこの大学にいて、知らなかった。
学内の人だけが入れるよう、入室はID管理されていました。中はこんな感じ。
学内の人だけが入れるよう、入室はID管理されていました。中はこんな感じ。
ヘンダーソンのガウンと一緒に記念撮影。
その後大学病院のがんセンターに移動して、緩和専門のNPに会っていただきました。このNPは去年一緒に卒業したクラスメイトA。久しぶりの再会に感激し、そして1年ですっかり自立しているAの姿を見て、たくさんのエネルギーをもらいました。Aと3人で日米緩和ケア談議で盛り上がり、Aは予定よりも長く時間を取ってくれて、患者さんの診察のギリギリまでお付き合いしてくれました。
翌日はいよいよボストンへ移動です。